スポンサーリンク


上記の広告は一定期間更新のないブログに表示されます。新しい記事を書く事で広告が消す事ができます。

  

Posted by みやchan運営事務局 at

2010年01月13日

25年目の告白




子供の頃、雪だるまの絵といえば、
これが定番でした。

ブリキのバケツを被り、たどん(丸い炭みたいな燃料)の目、
眉と口は炭で、手はホウキ。

さて、本文は雪ダルマとは関係ありません。

私の高校は、田舎の小さな扇状地からなる平地にありました。
その町に住んでる生徒は、私も含めて徒歩か自転車通学です。

でも、その町以外から来てる人達もいました。
それはバス通グループ、船通グループ、国鉄(JR)通グループのみっつです。

時々、それぞれのグループ全員が欠席することがあります。
ホームルームで出欠をとる時、
バス通グループが来てないと、みんな一斉に

「雪か~~~。」
と言います。

山奥からの一本道は、雪が深いと通行止めになるから、
バスの人達は来られないのです。

同様に、船グループがいないと
「霧か~~~。」

霧が出ると、危険なので船は運行停止になるのです。
泳いででも来る!!なんちゅうヤツはおらんし。(アタリマエだが)

では、国鉄(JR)は?
「ストか~~~。」

そうなんです。ストなんですよ。電車が動かなくなると、お手上げなんです。
バスは本数が少なすぎて対応できないし。

私の家は田舎でしたが、まだ高校のある町にあったので、
同級生の中では都会グループ。
住所も一応、呉市だったし。

バス、船、国鉄利用組は、住所も〇〇郡だったこともあり、
田舎の田舎グループという位置づけでした。

月日は流れ、卒業して25年目の同窓会があった時に場面は移ります。

田舎の中の田舎グループだったある男子と、25年ぶりにおしゃべりしました。
その時にいきなり

「ずっとお礼が言いたかった。」
と言われたのです。
??????????
まったく思い当たることもなく驚いていると、彼が話してくれたことには、

それは学園祭の準備をしていた頃に遡るのだとか。
当時は学園祭と言えば大いに盛り上がっており、
毎晩遅くまで学校に残って準備をしたものです。

その事件は、1年生のとき、
初めての学園祭に興奮気味だったある夜のことでした。

その日も遅くまで準備をして、
帰るときに、みんなでラーメンを食べようということになりました。
寒い夜だったので、
学校の側のラーメン屋さんまで、
みんなくっつくようにして団子になりながら歩いていました。

その時、彼の隣に私がいたのだそうです。
全員がくっつき合っていましたから、
当然彼の腕や身体は私と密着しているわけですが、
彼は

「嫌がられる!!!!!!」
と強く思ったんですって。

意味がわからなかった私は、なんで?と聞きました。

彼の言葉をそのまま言いますと
「自分は田舎者だから、町の女子が眩しくてしかたなかった。
 町の女子は自分のような田舎者は、馬鹿にしてるとも思っていた。」
だから、その時に身体が触れた瞬間も、
私が嫌がってよけるだろうと思ったのだけれど、
全く気にする様子もなく平気でくっついたままだったから、
そうやって歩いているうちに、

氷が解けるような感じで、劣等感が溶けていったんだそうです。
そして、それから高校生活が楽しいと思えるようになったんだとか。

私の記憶の中にある彼は、
温厚で優しく、男子にも女子にも好かれる人でした。
まさかそんな劣等感があったとは、夢にも思いませんでした。

「あの時に、よけずに普通にしてくれて有り難う。」
そうお礼を言われて、私の方が嬉しかったかもしれません。

その時、強く思ったこと。

私は彼に気を遣ったわけでも、特別親切にしたわけでもなく、
ただ普通にしていただけ。それなのに、そんなに感謝されていたとは知らなかった。

てことは、人間は生きて、普通にしているだけでも、
誰かの役に立ってるってことが、沢山あるのではないだろうか。

私自身だって、
街で通りすがりの人から元気をもらった経験は多々あります。
声も交わさずお礼も言ってないけど、
大きな影響を受けたことも。

だから、人間が生きているってことは、
それだけでも十分に意味があるのだと。

とうわけで、今日も元気だしていきましょう。
人生は素晴らしいものなのだ。  

Posted by キリンさん at 11:28Comments(25)王様の耳はロバの耳