2016年09月12日

カープの優勝を、心から有難く思う



金曜日に、広島風お好み焼きの「かたおか」さんに行きました。

ホンマ言うたら「広島風」という言葉は使いたくないのだが、
わかりやくすくするために、あえて使います。

広島県出身者の、内輪の集まりがあるからと、
声をかけて頂いたのです。

結果的にその日は、優勝前日ということになりました。

口を開けば「カープ」、当たり前だけど。
そして、昔話。

「カープファンですか?と聞かれても困る。
 あなたは女性ですか?と聞かれるほど当然のことだから。」

「思春期のころ、父ちゃんがウザいと思うんだけど、
 カープの試合に行こうと言われると嬉しくて、反抗する気になれなかった。
 おかげで家庭内がまとまった。」

「学生時代、カープの優勝がかかった試合があるとき、
 授業が中断されて、試合が校内放送されていた。」

「カープが優勝したとき、学校で優勝鉛筆が配られた。(ほしい)」

私が、塾の先生がカープファンで、
カープが負けるとぶち機嫌が悪かったと言うと、みんなそろって、

「あー!そういう先生、おるおるおる!!」

こんな風に盛り上がりまくっていたのですが、
実はほとんどの人と初対面だったのだ。

それでも。話がはずんではずんで、止まるところを知らないのです。

なにそれ、広島県人の自慢話?
そう思ったアナタ。

その通り!!これは自慢話なのだ!!
他人の自慢など聞きたくないと思う人は、読まんでよろしい。

たとえば、とても嫌なことがあっても、暗い気分であっても、
カープが勝ったというだけで明るい気分になれる喜び。

日本中の、いや、世界中のどこにいても、
カープが勝ったというだけで嬉しくなり、
自分が故郷とつながっていると確信できる心強さ。

もっと言えば、勝ったときだけではありません。

カープが負けたと聞けば、
「何をやっとるんじゃああ~~!!!」
という憤りがパワーを与えてくれるのですから不思議。

それもこれも、広島東洋カープという球団があればこそ。
まだ戦争の爪痕が残る時代に、苦労して球団を設立した方々に、
心から感謝したい。

カープの歴史をご存じない方、
是非とも調べてみて下さい。とても面白いですよ。

そして、きっとカープを応援したいと思うようになりますよ~。

話は最初に戻りますが、
「かたおか」さんのお好み焼きは広島の味。
とても美味しいのだ(とってつけたわけではない)。

金曜日に食べたにもかかわらず、
夕べも出前してもらって食べてしまいました。

お好み焼きなら毎日でも食べられる。
そんな広島県人な私なのでした。

ちなみに、くすりのキリン堂では、
カープ優勝セールはありません。あしからず。  

Posted by キリンさん at 10:49Comments(2)

2016年09月09日

カープの優勝を待ちながら



夕べは、カープが勝ってジャイアンツが負ければ、
カープのリーグ優勝が決まるというドキドキな夜。

私は当然ながら、テレビの前。
阪神vs巨人の試合を観ておりました。

え?なんでカープの試合を観ないのか?

それはね、宮崎では、宮崎では、
カープ本拠地の試合は、放映されてないんじゃーーーーーー!!!!!

たまにあるよ。NHKとか。
でも、基本的にはないんです。

BSでも、ケーブル放送でも、ないのであります。

しかたないので、阪神をひたすら応援していたのだ。
画面を観ると、応援席にカープのユニフォームを着た人たちが。

アホかと思いつつ、ちょっと同じ気持ちを持つ人たちがいると、
共感もおぼえうつつ、阪神の勝ちを待っていたのです。

母を哀れに思った息子は、
本来ならば巨人ファンなのだけど、
スマホでカープの試合情報を流してくれます。

「お母さん、勝ってるよ。」

阪神だって、勝っていたのだ。
虎の子の一点。

守り切れーー!!いけーー!!

あっさり、逆転されてしまいました。

残念すぎます。

カープは勝ったのに、そっちは見られず巨人の勝ち試合を見せられるとは。

今夜、カープの試合はありません。
巨人が負ければ、そこでカープの優勝が決まるのです。

それでもいいの。優勝は優勝だもの。

でもね、本拠地優勝はなかったけれど、
できれば試合に勝って優勝を決めてほしいなあと、ワガママな私は思うのでした。

最後のバッターを打ち取ったあとの、
ピッチャーとキャッチャーがマウンドで抱きあい、
選手たちが駆け出し、観客が立ちあがって大喜びする様子、
それを見て泣きたいの。

だけど、本当は、日本シリーズでそれを見たいんです。

初めての日本一のとき、江夏を見て私は泣いた。
あの感激をもう一度。

それにしても、なんで宮崎で放映がないの?
教えて、えらい人。  

Posted by キリンさん at 11:00Comments(0)王様の耳はロバの耳

2016年09月07日

卓球な日々。




さやちゃんの家で卓球しました。
楽しかった。

実は私、卓球は意外とやりおるのです。
それは大学のころに、卓球のサークルで鍛えられたから。

「なんで卓球のサークルに入ったの?」
さやちゃんに聞かれ、来し方を思い起こしてみれば、
そこには大学1年の春、途方に暮れていた自分がおりました。

小、中、高校に入学すると、
学校から時間割をもらいますよね?

ところが大学に入ると、そんなものくれないのです。
何の授業を受けるのか、それはほぼ自分で決めなければならないのだ。

当然ながら、説明書はくれますよ。
それを基に、自分の時間割を組んでいくのです。

しかし、これがなかなか難しくて、
このグループの授業から何個、こっちから何個、
必須はこれで選択がこれで、と、めちゃめちゃややこしいのだ。

中高校生のころ、試験勉強をしない女という名をほしいままにしていた私は、
何かを計画するということが出来ない。
しかも、説明書を読んで理解するのが大の苦手。

メカがダメなのも、取扱説明書を理解できないからなのです。

当時の大学は自主性を重んじるというと聞こえはいいけれど、
今みたいに親切ではなく、
出来ないヤツは知らんもんね、というスタンスでした。

誰かを頼ろうにも、
その大学には、同じ高校、予備校の友達は誰もいない。
全くの一人ぼっち。

このままでは、授業登録もできずに退学になってしまう。
危機感でいっぱいの私は、
事務局でもらったばかりの登録説明書を手に、
キャンパスをふらふら歩いていたのでした。

その時期、大学のキャンパスはとても賑わっていました。

それは様々なサークル勧誘が行われていたからで、
小さな机が処狭しと並べられ、
先輩達がポン引きよろしく新入生を狙っては声をかけまくっていたのです。

そんな人の群れをかきわけて進んでいた私は、
ふとある場所で足を停めました。

そこは「卓球同好会」というポスターが貼ってある机の前で、
身体はデカいけど、なんだか優しそうなお兄さんが、
にっこり笑って手招きをしてくれていたのですよ。

私はすたすたとお兄さんの前に歩み寄ると、

「登録相談、してもらえませんか?」
といきなりたずねました。

お兄さんはちょっと驚いた様子で(あたりまえじゃ)
「な、何学部?」
と聞き返しました。

「法学部です。」
と答えると、ちょっと安心したように、

「それなら出来るわ。
 オレ、経済学部やねんけど、後輩が法学部で、
 登録相談してやったばっかりやねん。見せてみ。」

その場ですべての登録申請書を書き上げた私は、
そのまま事務局に提出し、
当然ながら「卓球同好会」に入会したのでありました。

そして、そのまま優しいお兄さんと付き合うことになったのですから、
人生わからんもんです。

そして、4年間ほど付き合ったあと、
別れてしまったので、
やっぱり人生わからんもんです。

ただ、デートといってはラケットを持ち卓球場で練習していた日々は、
40年近くたった今でも、卓球の腕となって残っているのでありました。
  

Posted by キリンさん at 11:13Comments(0)王様の耳はロバの耳