2009年10月09日
漢方勉強会 発表当番

今朝の体重は55,4㎏ 変動なし。(体重計の故障か?)
今夜は漢方勉強会。私は発表当番です。
写真の『皇漢医学(こうかんいがく)』という本の中の、
「柴胡(さいこ)」という生薬(薬物)について発表します。
この本は、湯本求真(ゆもときゅうしん)という明治3年生まれの漢方家が書いた本です。
以前から、いろんな漢方家をご紹介していますが、
この人もまた変人と言えるでしょう。
湯本求真は、最初から漢方を目指していたわけではありません。
金沢医科大学(昔は医学専門学校)を卒業した、れっきとした西洋医なんです。
そのあとも開業のかたわら警察医を兼任したり、
日露戦争では従軍医として活躍し、勲章をもらったりする優秀な人でした。
それが、何故に漢方に目覚めたのか?
それは、疫痢のために長女を亡くしてしまったからです。
自分が学んだ西洋医学が娘を救えなかったという事実に、
気も狂わんばかりに悩み苦しんだ、と自分でも書いています。
その時、たまたま和田啓十郎という漢方家の本を読み、
それに感動して漢方の道へと進んだのでした。
湯本求真は、以前ご紹介した森道伯(もりどうはく)が臨床の人だったのと逆に、
研究者肌の学者でした。
粗末な家で、日に5人くらいの患者さんを診るだけで、
ひたすら研究を続け、この『皇漢医学』全3巻を、自費で出版するのです。
これが変人の道楽とは違うことは、
求真には立派なお弟子さんが大勢いたことからもわかります。
大塚敬節(おおつかけいせつ)という超有名な漢方家などは、
わざわざ高知から弟子を志願して出てきたくらいなんです。
また、中国の国民政府は、漢方医の禁止を決議したことがあるのですが、
その時に中国の漢方医は、
この『皇漢医学』を示して漢方の優れていることを説いたのです。
すごいでしょう?
それなのに、日本での漢方は、衰退の一途をたどっているのです。
これについて書くと長くなるので、また別の機会に。
では、発表で恥かかないように頑張ります。 続きを読む