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Posted by みやchan運営事務局 at

2014年06月03日

お寺に求めるもの



画像は記事とは無関係の家。

ちょっと残念な話をしましょう。

実家の近くにある、小さなお寺のことです。

小さいとは言ってもお寺ですから、
画像の家の門よりも、もっと大きい門構えです。

そこは常に開かれており、
短い石段の先には
広く掃き清められた庭がありました。

裏に回ると墓地があり、
それは裏山の中腹あたりまで続いているのです。

昔からそこは住民の憩いの場所。
子供たちの遊び場でありました。

庭には賽銭箱ほどの石があるのですが、
その石の上の部分は大きくへこんでいて、
子供が一人か二人は乗れる構造になっております。

それには変わった穴が何か所か開いているので、
子供たちはそこで色んな遊びをしたものでした。

どうやら私の母が子供だった頃、
すでに石はあって、同じように遊んでいたとか。

私の大叔母も従姉妹も、
みんなそこで同じように遊んでいました。

ところが、4月に父の法事の時に従姉妹が言ったのです。

「お寺がねえ、門を閉めたんよ。」

「えっ、夜のこと?」

「違うよ、昼でもずーっとよ。」

「えっ、なんで?」

「みんなが入るけんじゃないん。」

「昔から、みんな入りょうたじゃん。
 子供の頃から遊び場じゃったもんねえ。」

他の親戚のオバサン達も言います。

「ほうなんよ。来るな、言わりょうるみたいで淋しいよねえ。」

「前みたいに気軽に行かれんよね。」

それからひとしきり、
あの石で遊んだよね、とか、銀杏の葉っぱを集めたよね、とか、
本堂は暗くて怖かったよね、とか、
世代を超えて盛り上がったのですが、
最後はみんな悔しそうに、

「なんでかね。」
「なんでかね。」
と言い合ったのでした。

私は生まれてから一度も、
そのお寺の門が閉まっているのを見たことはありませんでした。

勝手にお墓で遊んで何度も叱られたけど、
閉まったことはなかったのに。

本当に、なんで閉まったんだろう。淋しいな。
時代なのでありましょうか。

お寺は、住んでる人の身近にあってほしい、
そう思っちゃいけないのかな。
  

Posted by キリンさん at 16:14Comments(4)王様の耳はロバの耳